2010-05-27

弱者は救済されるべきである

という仮定が仮に妥当だとしたら、年金というのは支払う側と受け取る側が逆じゃないだろうか。

年代別の一人当たりの資産をグラフ化してみた。

むしろ60歳以降の方が資産が豊富なのだから、年金とは60歳を過ぎたら払い始めるべきじゃないだろうか。

集められた年金は「若年労働者支援金」という名目で、60歳未満に年齢に応じて再配分したらいい。もちろんより若年の方が多い。

同様に公平を期すため、支払いは年齢に応じて一律に増やしたらいい。60代は1万円、70代は2万円、80代は3万円・・・という風に。

高齢者は若年金の支払いによって社会参加できる。現在の年金がそうであるように、追加支払いも自由にしてもらったらいい。

若年者は年金によって(ベーシックインカムの様な)最低限の保障が受けられるのだから、遠慮せずに起業でも転職でもしたらいい。

ただし、権利が変わる以上、責務も現在とは変わってくると思う。

加齢とともに相対的に体力は衰える物なので、全国民が例外なく「知的勤労所得」を得られるように、「資産家」的所得構成に変化しなければいけない。若いうちにどれだけ肉体的勤労所得を得ようと、ストック(貯蓄)でフロー(年金)は賄えないので、自身の体力に依存しない知的勤労所得が必要になる。

現在、「資産家や起業家」は「労働者」とは方向性の異なる分岐した選択肢と見られているけど、「労働者階級」を卒業し後に「「資産家階級」となるような同一線上の延長であるようにしないといけない。「学生→労働者→資産家」というのが職種を問わない根源的キャリアパスになる必要がある。

逆に若年労働者はベーシックインカムと同様に、「辞めたら生活できないから」という理由でブラック会社でサービス残業は出来ない。「学費がないから」という理由で進学を諦めることが出来ない。生活を年金で保護して貰う以上、そういった言い訳を盾に成長をサボる事が許されない。

国籍を得るだけで学費も、60歳までの生活費も補償され、若年者の移民はかなり緩い。替わりに年金の納められない高齢者は基本的人権も認められない、なんてスパルタ国家だったら国全体がエリート集団になるだろうか・・・

参考

2010-05-26

知的勤労所得

すばらしい響き。

日本語では「勤労所得」の対義語が「不労所得」だけど、不労とは肉体的に労働をしていない、という意味で使われる。

ただ、所得というのは聖書のマナの様に空から降って湧いてくる物でもないので、得られる以上何かが「働いて」いる。ソレが神通力でないなら、肉体以外に働けるのは知能。

つまり、勤労所得が「肉体的」勤労所得だとすると、不労所得とは「知的」勤労所得。

であるならば、逆に勤労所得とは「知的」不労所得ともいえる。

他の人に比べて健康であっても、昔の自分と比べて体力的に衰えるのは、生き物である以上避けられない。ならば加齢にしたがって肉体的勤労所得から、知的勤労所得へシフトしていくのがベターかと思われる。

ただ、ここでいう「知的勤労所得」とはデスクワークなどのいわゆる「頭脳労働」ではない。頭脳労働は結局、自分の肉体における腕力を使うか、脚力を使うか、脳力を使うか、の差でしかないので、ここでは広義で捉えて「肉体的勤労」に入る。

どれだけ早く計算が出来ようと、本人が計算しないと仕事が進まないのなら、仕事の進捗が労働者の「肉体」に依存してしまう。

「知的勤労」とは本人が居なくとも、進む仕事。考案者不在であっても、考案者が「知的」に構築した仕組み上で働く誰か(何か)が動いていれば成果の出る仕事、それを作る過程が「知的勤労」であると思う。

これからは(肉体的)「勤労所得」の対義語は「知的勤労所得」と呼ぼうと思う。

【Audiobook】【補足】私が米国で出会った金持ち母さんと金持ち父さん ≪ The Wisdom of Crowds JP

2010-05-23

ITが国策になる時代

ソフトバンクは、息をするように無尽蔵のトラフィックを生む未来のネット利用像を前提に、それに耐えるインフラ作りとして「光の道」を推している。自前のインフラで自腹でやってくれるなら大賛成で、1ユーザーとして是非利用したい。けど国策としてやる社会主義的な押し売りであるなら反対したい。

問題だと思うのは、「息をするように無尽蔵のトラフィックを生む未来のネット利用像」に耐えるインフラが出来たとして、ユーザーは「息をするように」利用できるほどリテラシーの向上が付いて来るだろうか。

万が一とんとん拍子に計画が進んで、1年後にNTT分割、2年でFTTHの置き換え完了、3年後には「さぁどうぞ」と言われた時に、2014年の65歳は息をするように無尽蔵のトラフィックを生めるだろうか。本人のリテラシーという意味でも、機器の機能という意味でも、社会的体制や法整備という意味でも。リアルタイムで変更可能なソフトウェアどころか、物理的制約があるハードウェアでさえ技術革新に法整備すら追いついていないのが現状だと思う。

孫氏の発言を拾っていると、以下のようなことであるようだ。

1.カルテが共通化されていれば、医師から医師へのコンサルトが瞬時に可能になる
2.検査数値や画像データが共有化されているから、他の医療機関を受診するたびに再検査をする必要がなくなり、コストが安くなる
3.患者宅からデータを送信することで遠隔診断ができる

 どれも、医療の改善にはつながらないと思う。

1.コンサルトするには「紹介状」を書かねばならない。郵便でもファクシミリでも電子メールでも、伝達手段は何でも構わないが、「情報を要約して相手のレベルに合わせて説明する」必要がある。何百ページもあるカルテを、整理も要約もせず、ただ見せて、意見を聞くなどということをしたら失礼だし、自分が同じことをされるのもまっぴら御免だ。
 結局、伝達手段が、郵便やファクシミリや手渡しから、e-mailに変化するだけであって、大した手間の節約にはならない。
:医療情報電子化は手段であって目的ではない  井上晃宏(医師) : アゴラ

息をするように無尽蔵のトラフィックを生む未来のネット利用形態の中で、電子カルテのやり取りにe-mailを想定されている。郵便やFAXの延長としてe-mailが自然な発想で出てくる。はてなでブログを書いて、ツイッターを使いこなして、アゴラに寄稿してる先生ですらこの認識だと、他のご老人方はどうなるのだろう。

Googleが検索分野で行ってきた不定形文書のデータ化、Google waveやdocsでのリアルタイムのコラボ編集やドキュメントの共有、dropboxに代表されるようなクラウドの共有可能なストレージ、skypeに代表されるようなVoIPでのグループ電話やデスクトップの共有。これらに多少なり触れていれば、「息をするように(略)ネット利用」する未来での電子カルテのイメージが湧いてくると思う。

ただ、「息をするような」利用形態に賛成派の自分でも、メールなどよりもよほどプライベートな情報がそこまで自然に「息をするように」利用できるのは色んな意味でもっと先だと思う。反対派でITに明るい先生ですら絶望的な見解。まして反対派でITに疎い先生方が、それでも必要だという「現実」に押しきられて渋々リテラシーの向上に励み「始める」のは一体何年先だろう。

リテラシーや環境整備を考慮したソフト面の成長曲線をブッちぎって整備されるハードウェア。その差が埋まるまで遊んでしまう「無尽蔵のトラフィックに耐えるインフラ」の維持コストは誰が払うのだろう。

もし、19世紀の馬車しか使った事が無い農家に、現代の車を売りにいかなければならない営業マンが居たら、それはそれは苦労すると思う。

営業「120km/h出しても安定して走れます」
農夫「そんなに早く走ってどうするんだ?30km/hも出れば十分だよ

営業「一回給油すれば、500kmは走行可能です」
農夫「地球の裏側にでも野菜を届ける気か?その前に腐っちまうよ

現在ある物とは延長線上で比較すら出来ないイノベーションが起きてしまった場合、一番の不幸はユーザーの理解が得られない事だと思う。見当違いな想定で、現状を「十分」だと判断し、間違った前提で、「不可能だ」と言ってしまう。120km/hで500km走れる車が出来ていたら、野菜を腐らせないで地球の裏側に届ける技術もまた出来ている。

そういった意味でソフトバンクの掲げる利用形態は、いずれ近い形で実現される可能性は、個人的には高いと思う。というか、そうあって欲しい。けどそれは現状を押し切って急いでインフラを整備しないと間に合わないほど近くは無いと思うし、ソフトバンクの台所事情に影響を受けるべきでもないと思う。

なにか今の状態は全て立場が逆に見える。現場から「こう使えたら理想ですよね、早く環境が整えばいいのに」という要望を受けて、インフラ側が「もう何年もしない内に整うからもうちょっと待ってください。是非期待に応えます」といい、両者が協力して遅々として法整備を進めないお役所に「早くしないと大変な事になりますよ」とせっつくのが、これまでの典型的なパターンだと思っていた。

農夫のニーズにだけ応えていたら百年たっても120km/hどころか自動車も出来ない。けど、山奥の農家に車を売るために四車線の道路は要らない。まず農夫としての自分は120km/hで500km走れる車の使い道を真摯に検討しつつも、「貰える物は貰う」という乞食根性を捨てて道路整備は断らなければいけない。

理想は営業マンが来る前に車を買いに行き、不必要でない道路が黙ってても整備される地域に予め住んでおく。そんな場所で自分のやりたい「農業」が望まれる形で展開できたら言う事無いけど。

2010-05-20

「あと5キロ」をやっつけろ!!池田のダイエット大作戦

漫画なので読み易い。一読するだけなら一時間も掛からないくらい。ちゃんと噛み砕いて租借していくにはもっと掛かるけど。

作者の池田暁子氏の著書は「片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術」をライフハック系のブログかなにかで見かけて読んでみたのが初めて。表紙と挿絵だけの文庫本かと思ったら、ソフトカバーの漫画だった。

失礼な言い方すると結構な「ダメ人間」系の著者が、なるべくメンタル依存ではない方法論を確立しながら物事に対処していく様子が、励みにもなるし参考にもなる。

「あと5キロ」でもPDCAサイクルをナチュラルにこなしているのが凄い。やっぱり「がんばりました」で終わらせないために最低限必要なのは、客観的な記録とそれに基づいた分析。反省するにしても「がんばり度が足りなかった」なんて根性論的・主観的な表現では他人の参考にはならないし。

ただ、分析の際に数字的根拠まで踏み込んでいない所がもったいないと思う。カロリーの話はちょろっと出てきたけど、全体を通しては触れられていなかった。面倒臭さとか複雑さを省くためにしても補足的な解説はあったらよかったけど。

個人的には、利用するのに十分な原理を把握できていない方法や道具は怖いと思う。仕様の公開されていないAPIをテストもしないで勝手に使うような感じで。失敗した時に原因が追求できないのも困る。

論拠が解った上で、利用フェーズに最適化した「公式」に簡易化して、それを日常生活に無理なく段階的に(かつ継続的に)適用していくのが「改善」。とすると、この本は体質改善(=ダイエット)の適用フェーズ、つまり第2章とか応用編にあたる物だと思う。

読む前に完全に想定外だったのが、女性特有の原因による増減(結構赤裸々に書いているなぁと思う)。自分も減量した時の話を他人に聞かれる事があったけど、その辺全く考慮していなかった。今度から相手の状況を聞き取りをしている時に引っかかる部分があったら気を付け様と思う。「そんなハズは無い」とか言って押し通してたかもしれない・・・

2010-05-17

現代の金融入門【新版】

全然頭に入らなかった。池田信夫氏の著書などに比べて表現が硬いのは抜きにしても、使う予定のないプログラム言語のリファレンスとか使う予定のないライブラリのAPIとか眺めている感じで右から左だった。多分今は自分が必要としてないのかも知れない。

専門知識がなくても解るトップダウンでの「経済概論」的な話とも、直接的な、こうすればこういう利息がもらえるとか、こう買えばこういう損益がでる、というボトムアップな話とも距離感があって、自分の知ってる範囲からはどちらからアプローチしても遠く、直接応用出来るような項目がカスリもしなかった。

そういう意味では、スクリプト言語を使う際に知る必要がない、CPUやメモリのアーキテクチャ論に無理に首突っ込んでいる時に印象が近いかも。

書かれてる内容自体は、日本語として理解できない程難解ではなかったので(「入門」ですし)いずれこの本に書かれている内容を応用できる様になった頃に改めて読み返してみたい。

今の自分でもかろうじて興味を引かれたのは

  • 第3章 金融政策と中央銀行
  • 第6章 金融機能の分解と高度化 2.デリバティブ
  • 第7章 金融規制監督

改めてみるとチョイスがミーハーかなぁと思う。

「民主党」支持率

1人単位まで数字が出ていたので、計算してみた。


参考資料

関連数字抜粋

  • 有権者数:104,057,361人(103,949,442+107,919)
  • 投票者数:72,032,387人(72,003,538+28,849)
  • 得票数民主党:29,844,799票

民主党への投票率

  • 投票者数に対する「民主党」への投票割合≒41.43%
  • 有権者数に対する「民主党」への投票割合≒28.68%

発足時の内閣支持率は世論調査で75%。

1/3に満たない国民の意思で与党が決定されて、1/2に近い国民が投票していないのに「なんとなく」支持していた。という状況はすごく危うく見える。

最近の世論調査では、20%前後まで落ちているので、「なんとなく」層どころか、「実際に投票した」支持層にも見放され始めている。

当選ラインが有効票に占める得票数ではなく、有権者数又は総投票数に占める得票数なら、無効票投票も意味があるかもしれない。過去の集計を見る限り「得票率」という表現は、投票数に占める割合だと思われる。支持政党がないけどどうにか意思表示したい場合、投票行為の前の段階で対策を考えなければ。

辞められない、を辞めるために

恐らくエントリーの主旨と関係ない部分での引用だと思われるので申し訳ないのですが、


不景気ってのは嫌だね、こんな会社をさっさと辞められないんだもん。
:有給休暇の取得は戦いだ

ブラック会社ネタでもよく見る「辞めればいいのに」と言われると、「辞めたら食べていけない」という問答。「辞められない」理由が「不景気」という状態は、自分の生存が恐ろしくコントロール不可能な外部性(景気)に依存している、という事だと思う。

アン・コントローラブルな部分に愚痴をたれてる暇に、コントローラブル部分に集中投資した方がいい、という話は「7つの習慣」に出てきた話だと思う。

例えば、

殆ど完全に自立した保険

  • 貯蓄
  • 副業
  • 投資

半分依存した保険として

  • 失業保険
  • 大家族化

などの手段が思いつく。

特に個人的には最後の「大家族化」というのは他にも種々の問題が解決できる良い方法だと思う。生活費という点に関してだけでも、世帯構成員が多いということは、一部の構成員が一定期間無収入でも世帯全体は維持できるので、セルフベーシックインカム的な役割が期待できる思う。

自分の支えになる収入源は複数あった方がいい、という話は「金持ち父さん貧乏父さん」に出てきたと思う。大家族化というのは、個人から見た収入源という意味でも、世帯内の収入源という意味でも多重化されていると思う。

この辺の書籍はスピリチュアルで曖昧な一般論しか書かれていないと勘違いされがちだけど、空手の型分解の様に各部位にスポットを当てて読んでみると、実践的に応用可能な話がそこかしこにちりばめられている。